「離れたてのひら④」
あまりの恐怖に毛布から手を出し、呼び出しボタンを押そうとした。
その手を、生暖かい手か、やんわりとつかんだ。
「ひっ」
「ぺちゅにあ」
(いやあっ)
声をだそうとしたら、口を塞がれた。
懐中電灯が、リノリウムの床にこんっと落ちた。
「あたしよ、ペチュニア、あたし、リリィ」
お姉ちゃんは、唇に人差し指を当てて、静かにして、と合図を送ってきた。
「お、お姉ちゃん?」
「そ、私、昼間のこと謝りたくって。ごめんね。こんな怪我させて。ペチュニアも絶対できると思ったんだけどな。今度は、もっと簡単なことからやっていってみよう?そうしたら、一緒に空も飛べるようになれるよ」
私は、両目を見開いた。
「もう、いいよ」
「え、だって、空飛びたいんでしょ?一緒に飛ぼうよ。練習すればできるよ。自転車に乗るのと同じだよ。大丈夫、今度はうまく行くから」
「いいってば」
「まず、階段で練習して・・・」
「もう、やめたんだってば!!」
「・・・・・ペチュニア・・・?」
リリィは、(どうしたの?)というように首をかしげた。
「お姉ちゃんと私は違うんだ。だってそうやって、いろんなこと練習して、お姉ちゃんは空を飛んだり、物を浮かせたり、薪に火をつけたり、いろんなことができる。・・・・でも、あたしはできないもん。」
「姉妹なんだから、練習すれば・・・」
お姉ちゃんが、なだめるように私の両肩に手を置いた。
「普通は、できないもん。お友達もみんな、そんなことできるわけないって、私いじめられたもん。みんな、みんな、みんな、リリィお姉ちゃんと違うんだからっ。お姉ちゃんだけみんなと違うんだからっ!!」
勢いよく、あらん限りの力で、リリィお姉ちゃんの両手を払いのけた。
眼を見張るリリィ。見開かれた緑の両目が潤んで・・・・・。
(あ・・・・・)
自分はなにか言ってはいけない何かを口にしてしまったような気分になった。
リリィは、自分の両手を見つめ、ゆっくりとこぶしを作った。その指先がかすかに震えていたのは、私の気のせいだったのだろう。なぜなら、次の瞬間、リリィはいつも通りの、華やぐような笑顔を見せたのだから。
「うん、ごめんね。お姉ちゃんが、押し付けすぎた。本当にごめん」
リリィは、すたすたと窓にむかって歩いていった。
「あ・・・・おねえちゃん・・・」
窓のところで、リリィが振り向く。
「もう、お姉ちゃん、ペチュニアと空を飛ぼうとか、そういったこと押し付けないから、安心して。じゃあ、おやすみなさい、ごめんね」
そう、言い残して。リリィは、窓の外の夜の闇に消えていった。
はためくカーテン。
暗い窓ガラスに、映っていた、くしゃくしゃの自分の顔。
私はいったい、何を泣いていたのだろう。
解放されて、せいせいしたはずなのに。
劇場の演目が終了し、ガラス製の大扉から、さまざまな家族連れが吐き出される。交わされるのは、ため息、興奮した話し声、はしゃぐ子供の声。父親の生あくび。
仲のよさそうな小さな姉妹が、おそろいのワンピースを着て劇場からでてくる。つながれた手。見たところ、姉は小学校に上がったばかり、妹はまだ幼稚園といったところか。
「おねえちゃん、おもしろかったね」
「うん、たのしかった」
「わたしも、ウェンディやティンカーベルみたいに、空とびたいなぁ。魔法の粉があればなぁ」
「空、飛びたいの?」
「うんっ飛びたいっ」
「じゃあ、飛ぼう」
無邪気に交わされる、姉妹の会話。
「はぐれるわよ、ちゃんとついてきなさい」
「はーい」
母親の呼びかけに、姉妹は声をそろえて答えて母親のそばに駆け寄る。
手をしっかりつないだまま。
忘れ去られてしまったが、そんな風景がかつてあった。
「離れた手のひら 完」2006年@たんぽぽ
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