H1N1もしくは豚インフルエンザのワクチンの疑問

新型インフルエンザといいましょうか

H1N1型 豚インフルエンザのワクチンについてちょっと考えるところがあります。

アメリカ疾病対策での正式発表で1回接種での効果ありとの報告

中国は1回接種でも効き目があると発表

オーストラリアも一回接種の動き。

で、日本の厚生労働省は、2回接種の値段についての発表

・・・・ちょっとまてって思いました。

国内産インフルエンザワクチンの接種

1回での効果があるのか、それとも2回で効果があるのか?

臨床結果が出てきていません。

調査しているのかな?

1回接種ですむなら

①2倍の人間が摂取できる。

②各家庭の負担金が軽くなる

っていう効用があるんだと思うのだが。

値段の発表のみってどういうことなんじゃい??

と疑問に思うのでございます。

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なんのためにそれをするのか

また福岡で、新型インフルエンザが確認されていますね。

そんな折、TVニュースで

「初めて日本国内で新型ウィルスを発見したDr」が取材を受けているのを見ました。

Drは、患者をみて疑問に思ったそうです。

・この季節に、季節性インフルエンザのここまでの流行はおかしい。

・この患者は、季節性インフルエンザのワクチンを受けている。

・しかし、それでもここまでの症状はおかしい。

だいたいこのようなことを考え、保健所に詳しい検査(これは保健所じゃないとできない)

を依頼。

保健所側は、「いま、季節性インフルエンザが流行っている。海外渡航歴がないならいらない」などと拒否。

Drは「念のため。多分違うかもしれないけれど、違ったらそれでご家族も安心できるからお願いします」

という極めて低姿勢かつ丁寧に依頼を重ねていた。

んで、保健所側は、ちょうど食中毒検査に忙しく検体をたしかすこし放置。そして検体を検査してあらびっくり

夜中にDrに電話をし「新型がでました!!」という結果。

同時に、現在のほかの地域の発熱外来の様子を取材。

町のお医者さんが持ち回りで担当し、そこに保健所職員も立ち会う様子が放映されていた。

町のお医者さんが

「今の患者さんは、簡易検査で陰性だけど、PCR検査に回したほうがいいと思う。(なぜなら簡易検査だと、ウィルスがいたとしても、そのウィルスの量がある数に達していないと陰性とでてしまうから)」

との見解に

保健所職員が

「そういう前例はないから」

と回さない実情を放映していた。

ちなみに、たんぽぽが過去に医療系の勉強会で、

「医者が聞き取り診察をした場合の、予想した診断と、検査結果の診断との合致率は幾つ?」

と講師のDrに聞かれたことがある。

さあ!!

みんなも考えてみよー!!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

考えた?

答え

約90%以上

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これを、さっきの町医者さんが

「なんか、この患者PCR回したほうがいいと思う」

というDrの診断は、詳しく言えば

「この患者は、新型の可能性があり、ただ、現在の症状では、ウィルス量が増えていないから簡易検査では引っ掛からなかったのではいか」

という診断結果 あたる率は平均で90%

んで

「前例がないから PCR検査まわさない」

というのは、「90%のリスクがあっても だれかやっていないのならそれはやるべきではない」という意味にとれてしまうのだ。

また、報道においては「PCR検査して当たりが出たら嫌だ」という意識もあるそうだ。

だが、考えてみてほしい。

危機管理においては

「少しでも、リスクがあるなら、詳しい検査にまわせ。それで、結果が新型でも、季節性でもはっきりさせて、その後の対応を検討することに意義があるんじゃないのか?」

とたんぽぽは思うのだ。

そのための、検査だろう。

「何のために、検疫をするのか」

「何のために簡易検査に、現役の医師がたちあうのか」

「なんのために、PCR検査をするのか」

考えてみてほしい。

「検疫」をするのは、明らかに発症している人を隔離して国内での広まりの速度を落とすためだ。

ただ、今回のウィルスは、発熱前・熱が下がった後にウィルスをまき散らす特性があるので、発熱していない感染者は国内に入ってしまうという。

つまり、すりぬけて国内に入るウィルスが確実にでてしまうという意味がある。

しかも、仕事や観光、ゴールデンウィークという一大イベントで、国内外の出入りが激しくなれば、すり抜けるウィルスがいてもおかしくない。

それだけ出入りする人数が増えれば、リスクも増えるというのが自然だからだ。

「なんのために簡易検査に医師が立ち会うのか」

数値に出ないところまでの診断が、人間であるDrにはできるからだとおもう。

聞き取りや検査、質問を通して、総合的に患者を診ると。

Drや熟練した検査技師は「なんかこのケースはひっかかるぞ」と思うのだと思う。

それは、道具や検査器具をこえた、その検査者やDrが長年積み重ねてきた診察の数がものをいうのだ。

簡易検査道具はものであって、実は絶対じゃない側面だってある。

DRが「なんかおかしいぞ」というものに関しては

より詳しい検査をしてもいいと思うのだが・・・・・・

保健所の対応限界を超える要求なのだろうか?

「なんのためのPCR検査か」

新型か季節性かをはっきりさせるためだ。

新型ならば、その後の対応策、戦略を練って実行に移せばいい。

二次感染を防ぐ努力をすればいいだけのことだ。

「見つけたくない、出てほしくない。」なんて考えるのは

ナンセンス。

「前例のないことをやって責任を取りたくない」という考えならば

「PCR検査しないで、

それが新型インフルエンザで、

対応おくれて、

思いっきり感染拡大して、

高いリスクの人が感染して、

重症患者だしたり、最悪亡くなる方がでるほうが、

よっぽど責任としては重いとたんぽぽは考えるね。

その可能性がつぶせるなら検査やったほうがなんぼかマシです」

っていうか。

「前例ないから」って何?この新型自体が前例のないものなんだから。

今回の対応の全てにおいて前例なんてないと思う。

リスクと前例を天秤にかけて「前例」が大事なんて考える人は

非常事態の最前線にいる資格があるのかね?

今回の新型が比較的軽度の症状だから、その考えでもなんとかやれるけど。

これ

「エボラ出血熱」「新型鳥インフルエンザ」「エイズ」

を足して割ったようなケースだったら・・・・・

どうすんの?

なんのために、発熱外来設置したの?

季節性インフルエンザならば・・・・・

「検査は決して無駄ではない」とここで言いきらせてもらう。

危機管理において、「やりすぎ」ということはまったくない。

ここで、「季節性でよかったね」と本人も家族も安心できるし

従来の季節性インフルエンザの対応でよしと対応が明確化されるではないか。

それだけでも万歳。よかったね。意味あることじゃないか、と思う。

「前例」「前例」って振りかざして、「新型発見」という重圧から逃げようと必死になっているようにしか思えない。

その姿勢は、「感染拡大」の抑止力になるというのであろうか?

たんぽぽには「感染拡大の促進要素」になる言葉と姿勢にしか思えない。

ねぇ

なんのために 

「簡易検査」をするの?

どうしてそこにDrの診察があるの?

なんのために、発熱外来を設置したの?

ねぇ?

それで

「自分の担当箇所から、新型を出したくない」

とでもいうの?

「新型をいち早く発見して、感染拡大の防止のため」っていう意味は

どこにいったの・・・・・・?

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裁判員制度はじまるねぇ

昨日、たかじんのそこまで言って委員会をみていて

んー?と考えた。

何でそんなに早く裁判員制度はじめたいんだろ

裁判官は裁判官の世界にしかいなくて、見方が狭いとかいう解説もきいた。

「甲殻機動隊」でちろっと「日本にも陪審員制度あった。それは、停止中」という情報は知っていて。

昨日の番組で

「明治からあった日本の陪審員制度。陪審員裁判か裁判官裁判か被告が選ぶとき、裁判官に裁かれたい人が多くなって消滅」

「その後の調査で、実際に犯罪を犯していない被疑者は裁判官に裁かれることを選択し、実際に犯罪を起こした人は量刑が軽くなる可能性がある陪審員制度を利用したがった」

という結果だったらしい。

「裁判員制度に参加することを通じて、もっと国民の皆さんに裁判に興味を持ってほしい。運用を開始して国民の皆さんが、なれればより良い裁判になる」

みたいなことを言っていた。

えーと

「裁判員制度になれる前の人に裁かれる容疑者の人権はどこにいったんだ」とか思う。

裁くのも裁かれるのも、たんぽぽ いやだなぁ。

というか、なんで「無期懲役」と「死刑」の間の判断がないのよ?

無期懲役って実際「無期」ではないでしょ?

それなら「無期懲役」<「懲役100単位」<「死刑」

みたいに 死刑までの灰色ゾーンがほしいなぁ。

たんぽぽの妄想炸裂。

以下はたんぽぽのファンタジーです。本当の狙いかはわからんので

みんな、独自に判断してね。

裁判員制度の実際の目的1

「死刑廃止制度への足がかりつくり?」

裁判員にしてみれば、「死刑」判決出したくないってひともいるとおもう。

実際の尻込みすると思う(まぁ、出す人もいるかもしれんが)

すると

「死刑判決が皆無になる」→「死刑判決が出ない現実」→「死刑という量刑が意味をなさないとの判断」→「死刑廃絶となる」→「死刑廃絶運動の成功」

しかーしこの流れだと・・・・・

被害者遺族はたまらないだろうなぁ・・・・・・

だって、憎んでも憎みきれないで泣いている方大勢いるだろうし。

心情的に被害者遺族としては、尽きせぬ悲しみのなかで死刑という最高の刑罰を与えたいと思ってしまうのは自然なことだしねぇ

んで

裁判員制度の実際の目的2

「現裁判制度への批判封じ込め?」

「現行の裁判への批判・長期化・量刑に納得できない・判決への社会的批判」

→「じゃあ、凍結されている陪審員制度を改定して再度取り込むか?」

→「一度施行したことのある制度を改定使用すれば、より良いものが出来上がる可能性がある」

→「でもあえて新制度である裁判員制度を使おう」

→「新制度のほうが、経験していない分リスクが大きい」

→「裁判員制度を3年後改定をめざして早急に見切り発車してしまえ」

→「見切り発車の結果の破たん」

→「やっぱり、国民に任すよりも、裁判所の裁判官が裁くほうがいいよねという機運を高める」

→「裁判員制度破綻」

などという

ファンタジーを描いたのでした。

本当の意図はわかりません。

でも性急すぎるよねぇと

たんぽぽはおもうんですよ 

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個人的感想シーシェパードほんとは何を守りたいのか?

はい、たんぽぽです(礼)

あー、またかぁと。ニュースを見て個人的に思ったこと書かせていただきます。

「シーシェパード 捕鯨船 体当たり アンド 謎のビンぶつけまくり」

の報道ですね。

映像・報道ご存じない方、

下のアドレスクリック(法人 日本クジラ類研究所)

http://www.icrwhale.org/eng/090206SS3.wmv

えーっと、はい、皆さん 熱くならないでね。

たんぽぽの個人的意見ですから。

捕鯨船団の関連の人間じゃぁありません。

読むに堪えない方いらっしゃいましたら。

あくまで個人的意見ですので、

そのあたり了解しつつ読んでいただけましたら幸いです。happy01

たんぽぽが個人的に、周りの人間に結構呟いてきたこと。

それを、改めて、ブログに意見として載せていただきます。

捕鯨反対論の方 シーシェパードさんたち

彼らはいったいなにがしたいのでしょうか?

たぶん「捕鯨は環境破壊」と叫び

「僕らは正義shine」という訴えたいのかもしれません。

私たちが、クジラ肉食べるのが、本当に環境破壊なのでしょうか?think

まぁ、わしが小学校の頃に環境問題でグリーンピースが切り込んだ話とかは

なるほどーと思ったこともあるから、

彼らの行動全否定するわけではないんですよ?

(あの頃と、活動方向が変わったりしてるのかな?こんど調べてみよう)

あ、シーシェパードさんたちは、

元、グリーンピースという環境保護団体から

別れて活動されているそうです。

話は変わりますけど、

生き物の命を取って いただくというお話になります。

ネイティブアメリカンの神話で、

悲しんでいる娘にバッファローが、声をかけます。

バッファローに、娘は、村に食糧がなく、みんな飢え死にしてしまう。

としゃべるのです。

話を聞いたバッファローは「明日、あの崖のふもとに来なさい」

と伝えて去りました。

翌日、娘がが下のふもとにいくと・・・・

バッファローの一団が、崖から飛び降り・・・その肉のおかげて村は救われます。

しかし、娘は、バッファローの死を悲しみます。

そんな、娘の夢に亡くなったバッファーローが現れ。

「娘よ悲しむことはない。この踊りを覚えて、歌っておくれ・・そうすれば、私たちの命はまた復活することができる」

娘はその踊りを踊りました。

村を救ったバッファローの魂を復活させるため。

それが、ネイティブアメリカンの伝統の、踊りとなりました。

同じようなお話、聞いたことありませんか?

東北から北海道にかけて、その昔広く澄んでらっしゃった。

アイヌ民族の皆さんです。

クマを神とあがめ、(古事記の記述でも神=熊という記述はありますね)

狩猟のあと、その魂を山へと帰す儀式があります。

「狩猟するためのいい口実だ」そうおっしゃる方もいるかと思います。

でも、

命を返す。

食料となって私たちを救ってくださった 

そのことを忘れません。

決して粗末には致しません。

そんな 愛を私は感じるのです。

じゃあ大和民族はどうでしょう。

クジラ一頭とれると、3つの村の命が救われ。

裃の肩にはクジラのひげつかったり、余すとこなく使いまくりです。

神話ではありませんが、

日本昔話で、クジラを取る漁師さんの話があります。fish

昔、捕鯨の頭で栄えた家があったそうです。

そんな頭が、ある日夢をみます。

白い着物を着た女性が、頭にお願いに来る夢です。

「あなたが、クジラを取って生活なさっているのは存じております。

ですが、岬にあるお寺に子供とともにご参拝に行きたいのです。

亡き夫のために。

ですから、明日岬を通る私たちに、ご参拝させてください。

どうか白いクジラが通っても、見逃してください・・・」

さて、漁師の頭、朝起きて・・・・・

「クジラが出たぞー」の仲間の知らせを聞いて、

出漁しちゃいます。

そして母子の白いクジラを取ってしまうんですね。

「せっかくおねがいもうしあげましたのに・・・」weep

白いクジラはそうつぶやいたかもしれません。

んで、それ以来・・・・・

その岬一帯、ぱったりと クジラが寄り付かなくなり。

たちまち漁師さんの頭の家はかまどげぇし状態(破産)shock

昔噺っていうのは戒めの意味もあると思います。

よく山の猟師さんも

「子供つれている獲物は見逃せ」

といいますよね。

これって、

捕獲しすぎの予防と、

その種が断たれないようにっていう戒律というか

共生の知恵といえると思います。

つまり、

「大和民族にとっても、昔話で戒めるくらい、捕獲には気をつけて大事にいただく」

精神と歴史はあったと思うんですよ。

はいっ

では一方 ペリー来航 思い出してみましょう。

いや、いきなりの話の方向転換ですが、読んでください。

ここまで、きたんですからcoldsweats01

ペリーさんたちは何をしていたのか。

どうして、日本の開国を求めたのか。

はい 思い出してみましょう!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

答え 「燃料と水の補給させとくれ、港を開いてけろ」

他にも理由はあるかもしれませんが、これ、今の文章の流れで重要

んでは、次の問題

「なんで、わざわざ、このあたりを 船で行き来していたの?

何をしていたんですか?」

さあ、考えてみてください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

答え

捕鯨・・・・クジラをつかまえること

じゃあ、次の問題。

クジラを何のために捕まえて、何のために使っていたの?」

さあ、考えてみてください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

じゃあ答え

「明かり(ランプ)のための油をとるため」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さあて、最後の問題です

「じゃあ、油を取った後のクジラ、どうしていたんでしょうか?」

さあ、考えてみてください。

さあどうぞ!!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

答え

「油とったあと、全部 海に捨てていた」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

うそやろ・・と思ったあなた。coldsweats02

驚いてくださってありがとう。

90度のお辞儀を送らせていただきます。

ほんとです。よかったら、これを機にお調べくだされ。

全問正解できたあなた

すばらしい・・・・shine

100の拍手の花束を贈ります。heart04

んで、油目的の捕鯨  

たんぽぽ的には

「愛がない。生命に対する尊重がない。共生の精神もなく。

過剰な漁がもたらす種族の生命の危機に関する懸念がないgawk

と思ってしまうんです。

いやね、

捕鯨が伝統的にやってる北極圏の先住民族のみなさまが

「おたがいのぉ、クジラやばそうだから、ちこっと、漁をやすまね?

おらんところもやすむべ」

とおしゃるなら。

「んだなぁ。あんたらが、そうさいうなら、んだ。

ちこっと、クジラさのこと考えてやすむか」

って答えますがな。

(方言ごちゃまぜですんません)

ええ、捕鯨の昔話と口伝と、長きにわたる食べる歴史を共有しているんですから。happy01

んが

さんざん、漁の場所を荒らして、

食べずに海に捨てていて(これも環境破壊だな)

クジラに対して、なんの昔話も口伝も長い歴史も、

経験に培った共生のルールをもちあわせていない人たち。

電気、化石燃料の発見をしたあとで。

クジラに油としての必要性が消滅したところで。

「クジラがかわいそう。

クジラが減っている。

捕鯨反対。

クジラ食べるなんて野蛮」

たんぽぽは、天にこぶしを突き上げて叫びたい。

「命のルールを守らず、

自分たちの需要がなくなったら、

他民族の文化とその歴史を顧みずに

野蛮・かわいそうといい、自分たちが正義とするのは

理論展開おかしいと思いませんかー?!」

歴史を鑑みても「正義」って

振りかざしている人が正義がどうかっていうのも怪しいしな

で、こういう歴史だの・・・・

捕鯨反対論者は、ご存じだろうか。

海のシェパードさんは、知っておるのだろうか。

捕鯨船に体当たりして、船から重油流出したら・・・・

すんげえ海洋汚染になるんでないのか。

そしたら、

「海の番犬じゃなくて、海の海洋汚染起こした人たち」

になってしまうんじゃないのかなぁ・・・・

・・・・もったいなくないだろうか?せっかくの活動・・・・

本末転倒になりそうですよ。

ねぇ、本当は何を守りたいの?

なにが楽しいの?

人を傷つけることが正しいの?

民族の伝承を無視することが正しいの?

民族の文化に、化学薬品の入ったビンを投げつけるのが

正しい行為なの?

残念ながら。

たんぽぽには、

あなたたちの、

人類への、海への、クジラへの、文化への

愛情が見えません。

前置きしておきますが。

たんぽぽが環境問題関心ないとかそういうところはないです。

小学校5年生の時 リオ・デジャネイロで開催された、

環境と開発に関する国際連合会議

これに、全世界からの環境へのメッセージはがきを木の葉にして

一本の木に葉っぱのように飾る企画があったんですが。

わし、送るぐらい関心あったもん・・・・・

あの頃、環境庁をまず省に昇格して権限拡大させたほうがええんでないの・・・

と言ってたもん・・・・

エコなたんぽぽではありませんが。

地球という一つの世界の中で、生かされているおいら。

ほかの生命への隣人愛、ご飯になってくれてありがとう精神。

人間が生き抜くための努力はするけど。

人類いなくなっても地球は続く。

太陽が膨張してせまってくるその日まで。

そんな意識のたんぽぽです。

ここまで、ご一読いただきまして誠にありがとうございました。(礼)

でも

なんで

ダライ・ラマさんが、シーシェパードのHPにサポートで記載されてるのか

わかんないなぁ・・・・・

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麻生くーん!! おうちに泊めて!!

寒い・・・・

本格的に冬になりました。

報道を見ていると、SONYをはじめ、これを機に、ばしばし首を切られ職を失い大変な状態です。

たんぽぽの友人たちだって、専門職故、非正規雇用や、非常勤やらを続けていらっしゃる方たくさんいます。

そうですSKILLがあっても、一年契約でしか仕事できない職種だってあるんです!!

報道で一番大変なのは、住んでいるところを失うことでもあるんですよね。

寮から追い出される、派遣の方。

会社としては、すぐに学生なりを入れて、金取りたいんだろうけど・・・・・

せめて、次の仕事とか決まるまで、待ってやれないのか?

今、冬だぞ冬!!

しかも、これからどんどん寒くなっていくんだぞ!!

麻生総理は、寮にいられるように法案だそうとしているが

1月じゃ遅くね!!総理なんだから、緊急対応(人災)指定でもしないと

まじで、死人でますぜ・・・・・

どうするんでしょうか。

報道を見ていたとき、家族がぼそりと明言

「みんなで、麻生くん家に泊めてくださいっていけばいいんだ」

はい?

つまり。

首都圏全域の住処を追われた、非正規雇用者・派遣・日雇い派遣の皆さん(●◎○人)くらいが、

「ピンポーン」

「麻生くーん!!おうちに泊めてくださーい」

「法案通る前に、寝るとこないから泊めてくださーい」

「僕たち(私たち)来月じゃぁ、凍えて体壊しまーす」

「っていうか、しんじゃいまーす」

「ついでに炊き出しお願いしまーす」

と団体でおたずねするという戦略だ!

一人二人なら、SPに追っ払われておしまいだが。

三桁単位なら、報道も動くんじゃなかろうか。

そういう意見だった・・・・・・

たんぽぽは、この人、あったまいいなぁとおもったのでした。

麻生さん、みんな泊めてあげたら?

広ーいよね、首相官邸。

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わすれちゃいけんと思うのよー長井さんのカメラー

ええと、サイクロンやら、暴動やら

地震やらで、大変だけど。

これ、わすれちゃいけんと思うもののひとつに

「ミャンマーの暴動を撮影中に、至近距離から、撃たれてなくなられた長井さんという報道カメラマン」

があるかと思います。

実際に、「カメラを返してほしい」と運動なさっている方々がいらっしゃいます。

過日、長井さんのカメラを返却してほしいという署名を、ミャンマー大使館に提出しに行ったら、受け取り拒否だったそうな(NHKの報道してました)

んで、そんな運動をしている方がいるんだなとおもい。

知らなくてごめんねと考え、ブログにアクセスしてみました。

ネット上からも気軽に署名ができます。

家族とともに署名をしてみました。

いろんな事件で、それぞれの考え方ってあると思う。

どう動くか、どう感じるか、それは、個々人の自由です。

かかわりたい人はかかわればいいし、

かかわりたくない人はそういう人生もありです。

ただ、たんぽぽとしては、

1、危ないところを知っているプロが

プロとしての仕事をしているところを「背中から撃った」こと

2、映像からして、倒れた長井さんが、「ホールドアップしているのに

さらに兵士は弾丸を撃ち込んでいる」ように見えること。

3、その方の遺品であり、仕事道具であり、

その人が最後に見た風景が焼き付けてあるカメラを、

なぜ遺族が手にできないのかという理不尽さ。

ミャンマーの政権状態を改革する気は個人的にはない

(長井さんの写真はそれにつながる材料ではあるのだが)

プロがプロとしてがんばった証ぐらい、家族に返してほしいよな。

人間としてさ、それくらいいいじゃないか

(それさえ、ままならないのが世の中なのだが)

興味のある方、よかったらのぞいてみてくださいな。

よろしくお願いいたします。

ブログ「ミャンマー軍による長井健司さん殺害に抗議する」

http://blog.goo.ne.jp/nagaikenji20070927/c/2b45253aa0969a14d314663b47d28673

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「いじめ」の定義の見なおし―された側の認識へと―

文部科学省が「いじめの定義」を

いじめられる側がいじめと認識したとき

と見なおしをしたようです。

たんぽぽ的には

変更じゃないの?

やっとですかい?

といいたいところですが・・・・

でこの定義の元で

いじめの現状の調査をしたみたい

一応

前年より

全体でいじめが7倍

小学校では 9倍

となったもよう・・・・・

そりゃあ、本人の認識となれば増えます。

先生がたにしたら

「たいしたことない」

っておもうかもしれないけど。

あだ名一つだって、不快なものを使用されたら

それで呼ばれる人が

いやだなぁ・・・・

っておもったら

「いじめ」

だと思います。

というか、それできちんと対応すれば

おおきな出来事に発展しないんだとおもうんですね。

「おふざけ」

「遊びのひとつ」

「じゃれていた」

「ゲーム」

そういう言葉で

傷ついた子どもの現実をまとめないで欲しいと思います。

歴然と、だまって わらって やり過ごしている子どもを

見過ごさないで欲しいです。

定義は見なおされました。

次は?

みんなの意識だとおもいます。

先生 生徒 児童のみなさん

父兄や教育従事者

児童相談所

教育相談所

警察関係のみなさま

そして、地域にすむ私達

一人一人

言われた、された側

その人がどう感じたか

それが

「いじめ」かどうかを定義する。

痛い、悲しい、つらい

そうココロが叫んだら

「それはいじめだ、みんなでどうしたらいいか、考えよう」

そうやって、みんなで取り組めて行けたら・・・・

それが次の段階の課題かな

そう 感じました。

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年金着服 刑事事件拒否

いまさらでございますが・・・・・

宮城県の大崎市が、年金着服問題で、「もう責任をとったから」

と刑事事件告発するようにとの厚生労働大臣からの指示を退けているようです。

えーと、うーんと。

たんぽぽ的に考えると。

「処分したから、これ以上いいでしょ」

ってお話しじゃないとおもうんです。

だってね。なんであえて刑事告発しているかっていうと。

     悪いことをしたら、罰があるんだぞ を再認識してもらう。

     仕事に対する責任意識の低さを、「罰せられるんだよ」っていうことで

責任をもって仕事をしよう。人様から預かったお金はきちんと管理をしよう。

という意識を育てる。

     公務員だって、悪いことをすれば、民間と同じレベルで処罰しますよ、

ということで、

同じ横領・着服問題が起きないための。脅し。

     民間と同じ罰則で、処罰することによって、

年金制度への信頼回復。禊。

     人間で言えば、膿をもって体が危ない状態だから、

外科手術で切って膿を出すため。

そこまでしないと組織として、破綻するから。

たんぽぽが、ぼんやりと考えただけで、

こういう目的とか効果があるんではないかとおもったりするわけです。

 でも、自分で書いて、振り返ってみると・・・・・

「幼稚園児かーい!」

と、西の茜色のお空に向かって叫んでみたくもなります。

だって、社会人として、どうよ?といいたくなってしまうのです。

そしてなにより恥ずかしいのが、

(せんだーど市民なたんぽぽだからか)

そういうこと言っちゃった大崎市市長って、

いちおう、たぶん、投票で選ばれた人。

ってことは、自分の住んでいる行政区で

「大臣にいわれたって、自分たちで処分したから、もういいよね。

枡添大臣が言ってることしてるから、刑事事件告発しないもーん」

って行政の責任者が言ったらどうしよう・・・・

投票しても、しなくても、

その発言をした責任者って、私達が選んだ人ってことで。

なんで、こんなひとが、わたしらの代表なんじゃっって

めちゃめちゃ恥ずかしいし。

「おまえ~。代表者ならきちんと、自分の行政区の市民が、

どう考えてるか調べてみなさいっ。」

といいたくなる。

今後できること、なんだろう。

なにがあっても、選挙、行くことかな(いってるけど)

あとは、各行政のHPに、きちんと自分たちの意見

(クレームじゃないよ)を伝えていけば・・・・・

(でも、返事で帰ってくるのって、定時8:42 1度に配信される、定型文だったりするので、力ぬけるんだけど。本当に読んでいるのかなって)

いつか、ちょっとでも変わるのかなぁ・・・

変わればいいなぁ

ちなみに厚生労働大臣は、きちんと怒って、行政指導してくださるそうです。

頑張れ枡添さん。

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募金という難しさ

そのカースト外なの募金ってむずかしいなっておもう。

インドに旅行にいったときだった。

「道端で、お金を欲している人がいたら恵んでください。それが一番の社会貢献です」

しきりに、道端でお金を恵むように、現地ガイド進めた。

カースト制の社会のなかで、そう言われても納得できない。

より、恵んでもらうために、母親が自分の子どもの足をきることもあるんだよ・・・

なんだよ、それ。そうやってしか生きていけない世界なのは、仕方がない。

でもね、お金渡して、それで自分が差別をしているような妙な錯覚に陥る。

いやだな

上の階層の人と同じ行動はしたくない。

なんで、頭下げられなきゃ行けないわけ?

上から下へ投げられる、お金に吐き気を覚える。

私が、その 差別に荷担する謂われはないんじゃこら

ゆえに、たんぽぽは自分にルールを課した。

「歌、踊り、その他、私が納得できる芸や、物品に対してはチップを払う」

商品取引のシステムだ。

出来るだけ、同じ立場に。与えるではなく。同じ目線で。

別にハイレベルなものは、求めていない。楽しいかどうかだけ。            

だから、踊りを見せてくれた少女にはきちんと、それ相応にチップを支払った。

お互いのプライドが守られる気がするんです。こうすれば。

その他のものには、目もくれない。

(しかし、写真を撮っているときに入ってきて、チップを迫るつわものの少年もいた。)

しかし、バスをおりて、公園でぼーっとしていると

じりじり・・・と酔ってくる気配。

足を引きずる男の人1名。

蛇使いの笛と道具をもってにじり寄る男1名

たんぽぽ、蛇つかいが見事なら、商品取引できるが、怪我の人は無理っ

走ってバスまでもどり、降りかえって観察。

足を引きずっていた男の人は、とたんにぴんぴんと立ちあがり、蛇使いの隣に座り

「どうよ、景気は」

「どうだかねぇ」

なんて感じの会話をしている雰囲気。

うーん、強いなぁ・・・・

しみじみ考えこむたんぽぽであった。

だから、そこの日本人・・・・

交差点で、バスの窓から、イロイロ渡さないっ危ないって・・・・現地の方が轢かれるべ

うぉっ、そこでどうして、コンニャク畑・・・・・

お腹壊すんでないか・・・・

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赤い羽根の季節に思う

そろそろ、赤い羽根募金の季節ですね。

国会中継を見ても、皆様赤い羽根つけております。

同じことを、中学の頃から考えてます。

赤い羽根、緑の羽根。

中学からは、学校でこの手があっても、お金だけ払って「羽根いらん」と拒否をしていました。

道端では、通りすぎざまにお金を投入して去って行くか

「羽根はいりません」

とお断りをしています。

理由?べつに周囲に「募金」をしたことを主張するつもりも無から。

きっかけとしては

TVを見ていて気付いたんですよ。

アナウンサー、政治化・・・・

募金をしましょうという宣伝効果を狙っているのかもしれない。

でもね

「あんた、毎日同じ羽根つけとるが、それは毎日募金しているのか?それとも一回○円でもらった羽根ずーっとつけとるんかいっ」

と突っ込みをしたくなった。

何日も、何日も、つけている羽根。

ひそやかな自己主張、ジブンハイイコトヲシタンダヨ

そんな風に見えてしまう。

べつにたんぽぽは、募金をしたいからする。

いいこととか、そういう気持じゃなくて。

なさけはひとのためならず だから。何処でどう自分が社会保障を受ける立場になるのかもわからないから。

自分のやっていること まわりに ひけらかすのって

たんぽぽ美徳から外れてしまうんです。

あと、恵んでやる精神も嫌いかなぁ

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素人 いじめの構造と提言

これはたんぽぽの個人的意見です。

世の中には、さまざまな意見があります。

賛成できる、出来ない。と思うのはご自由です。

また、以下の文章を読む 読まない自由もあります。

それを踏まえた上で、読んでいただければ幸いです。

ここでは、あえて

いじめている側:加害者

いじめられている側:被害者

という記載を行わせていただきますことをご了解願います。

神奈川の高校の自殺事件や、某力士がおなくなりになったりと、

いじめという事件がまた起きています。

よく使われる言葉「仲間同士のゲーム」「からかい」「遊び」

このキーワードには、うんざりしてしまう。

理由:それは、周りの人と、加害者の物の見方と感じ方だから。

こと、いじめに関しては(べつにセクハラでもパワハラでも痴漢でも同じなのだが)

被害者のものの見方、感じかた、つまり 主観 が判断基準として用いられるべきだとおもう。

その行為をされて、あなたは、どう感じましたか?

いやだった、こわかった、どうしていいかわからなかった。頭がまっしろになった。

平日の朝、頭が痛い、お腹が痛い。気持悪い。学校が見えてきた、足が重い。いきたくない。やるきが起きない。なんか、好きなゲームもたのしくない。

そう思うなら、それは「あそび」じゃない「いじめ」である。

ものの感じ方は、人によっていろいろだとおもう。

ちょっといわれただけで、がくっと落ち込むのも個性。

少しいわれても、なんとも感じないのも個性。

そして、その「感じたこと」を外に表現するのだって、人によって違うんだとおもう。

傷ついているのに、笑ったり。

傷ついているのに、無表情だったり。

泣き出す人、怒る人、黙り込む人。それぞれそれも個性だとおもうし、

そうやって、やりすごさないと生きて行けなかった人だっているとおもう。

同じ言葉、たとえば「ドジだなぁ」だって、発言する人によってその色合いはことなる。

さあ、みなさん、以下の言葉を口にしてみよう!!

身振り、手振りも踏まえてやると、よりリアルなこと請け合いです。

       はき捨てるように「ドジだなぁ」といったあと、教科書で机を叩きぶつくさと、「やってらんねぇよ」 といわれたとき。

       にこにこしながら、「あらら、そっかぁ、ドジだなぁ・・・」といって頭をぽん、ぽんとなでられて、「次は、お互い気をつけていこうなぁ」といわれたとき。

いってみて、どうでしょうか?①と②で、どんな気持がしましたか?

おんなじ言葉でも、まったく受け取る感じが異なってくる。

この受け取る側がどう感じるか、がいじめの焦点だと思うのだ。

もうええかげん、周辺の見方だけで物の判断するのやめませんか?

じゃれ会いとかゲームとか遊びで、くさいものにはフタするのやめませんか。

ハッキリいって、身体、精神的に危機的にさらされることがあるのなら。

また、繰り返されるのならば。

それは刑事事件として、扱ってもいいとおもいます。

なぜって?

被害者がその、いじめのサイクルから逃れるため。

そして、加害者自身が抱えている問題、フラストレーションも、取り上げられ、それに対して大人が助け舟をだせる絶好のチャンスだから。

(個人的には、加害者が抱えている問題があるために、被害者にいじめを行うケースもあると考えていますので。)

不正を正す手段(うそついたとか、ずるしたとか)であっても、いじめや、その場で決めた罰則(私罰)で、制裁を加えることはおかしいとおもう。

相談する場所はたくさんあります。

学校には、スクールカウンセラーもいます。

     養護教諭もいます。

また、学校に対して不安があるなら、

   教育相談所

   児童相談所

など、電話をしたり、直接行けば対応してくれると思います。

話しが広がってしまいましたが、一番いいたいこと。

被害者の主観にもとづいて、いじめかそうでないかの判断をしましょう。

いわれた、やられた側がどう感じているか、それが一番大切です。

たんぽぽ的意見です。あくまで。

あとは、個々人の判断におまかせします。

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そりゃないぜ鳩山さん

たんぽぽ的記者会見劇場

記者:鳩山法務大臣 再任前のインタビューを振り返って見ます。

   死刑執行についての発言のみここで抜粋させていただきます。

また、発言は、たんぽぽ特殊フィルターを通しての中継となりますので、ご理解のほどよろしくお願いいたします。

鳩山法務大臣:「僕は法務大臣になりました。死刑執行についてですが、あれは、僕がサインしなきゃいけないものなのでしょうか?ぼくがサインしなくても、古い順番とか、コンピューターの乱数表で、自動的に誰が死刑になるか決定する装置がほしいなぁ」

記者     :以上の鳩山発言を、たんぽぽココロ翻訳機械を通して分析をしてみました。どういう結果になるでしょうか?

暫らくして、装置から声が流れ出す。

分析結果発言:いやー。死刑についてって、世の中みんなの発言がいろいろあるんだよね。死刑は絶対だめ!って言う人がいるし、死刑は必要だって言う人もいてさぁ。それでもって、法務省の役人さんたちは「サインしてくださいっ」って書類をもってくるんだよ?

       ああ、いやだなぁ~。だってさぁ。ぼくが、死刑のサインしたら、人が死ぬんでしょ?なんか気分悪いよねぇ。それでさぁ。死刑はいけないっていう人たちには「人の命は、なんだとおもっている」って責められるし。「サインしないって」うかつにいっちゃうと、今度は「社会にある、悪いことの歯止めに、死刑制度があるんだからっ」って文句いわれちゃうんだよねぇ。どっちからも、責められない方法ってないかなぁ~・・・ああ、そっか、僕がサインしないでいい方法を作ってしまえばいいんだよね。

       そうすれば、僕、誰からも責められないし、なんかサインしたあとの気分の悪さもないしね。そうそう全部、コンピューターできめちゃえばいいんじゃないかなぁその方が公平だしねぇ。

記者一同:・・・・・・・なるほど。

     そうですね。ええとダンデライオンさん、コメントはありますか?

ダンデライオン:はぁ。カッコ悪いですねぇ。法務大臣としての意見というより、鳩山氏個人が、責められたくないからっていうスタンスですねぇ。

       処刑制度の最後の砦が、法務大臣のサインなわけだと個人的にはおもいますし。サインの責任込みで、法務大臣のお仕事なんじゃないですか?

       責任ある立場にいる以上、責任のある仕事を要求されるのは当たり前のことだし。それに相当する立場と対価を受け取っているわけですからね。

       サインする、しないは各法務大臣の個人の倫理観や人生観、倫理観で決定すべきことかなぁっておもいます。

       自分は、こういう信念の下で、サインします、しません、ってハッキリ意志表明したほうが、かえってみんな一応は、納得はすると思うんですよ。もっとも、それから先、各個人が、法務大臣の判断を、「賛成」「反対」の意見を出すのは自由だとおもいますしねぇ。

       サインするかどうかを保留するにしたって、「自分はこういう意見の元に、サインについては保留中です」って言えば、納得できるんですよね。

       たとえば「ここ最近、凶悪事件が多発する中、残念ながら無実の方に死刑判決が出たこともある。また、組織的ともとれる誤認逮捕や、非人道的取り調べによる自白も報道されている。犯罪の防止としての死刑制度を保つことにも価値があり、人の命が1度失われたらとり返せないことの重さもあり。サインを行うことの重みと難しさ、慎重さがより求められているとおもわれる。

誤認逮捕と起訴が起こってしまう背景も、改めて検討し、その構造を改善する作業部会も必要と思われる。以上のことをサインについては考えて、結論を出したい。」っていう保留のし方もあり?と個人的には思いますねぇ。

でも、なによりも。

今、騒ぐのは、どうして?もっと前に騒いでいていいんでないの?ともおもいます。とっとと政権交代をしたいっていう、考えでとりあげられているのかもしれないなぁと個人的には、考えますねぇ。

記者     :以上、報告を終了させていただきます。ありがとうございました。

ダンデライオン:ありがとうございました。

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社会保険庁9月4日報告

注意:あくまで、たんぽぽの脳内翻訳機能での記者会見の理解であり。私見です。

各自の判断で以下の文章をお読みください。

ちなみに、たんぽぽは枡添議員の現時点での行動や判断は、評価している立場をとっております。

<社会保険庁の消えた年金についての記者会見070904の模様を

独自の翻訳機能付きでお送りいたします>

社会保険庁(以下「社保」):では、ますぞえ先生から出されていた、宿題の発表を行います、礼!

国民のみんなから、預かったはずの年金が、どんな風に消えてしまったのかを発表します。社会保険庁だけで、50件、年金を預かってみんなが、お家にもってかえりました。

記者:どんな方法で、年金の不正がなされたのでしょうか?

社保:ええと、たとえば。Aくんは、国民のお金をそのままポケットに入れました。

Bくんは、こんぴゅうたー上に、いない人をつくって、その人がもらえる年金を自分でもらっていました。

記者:どんな理由で、不正に年金の処理を行ったのですか?

社保:うーんと、例をあげます。

Cくんは、お馬さんを見にいったり、銀のビー玉遊びでマリンちゃんや、いろんなお魚と仲良しになったり、すごいスピードのお舟を見に行きました。

Dくんは、たくさんママに会いたくなったそうです。

Fくんは、いろんな国へ、家族でたのしく旅行に行きました。

Eくんは、お家を買ったそうです。

Gくんは、若い女の子と仲良くなりたかったので、いろんなプレゼントをしました。

記者:現在、出ている数字が50件ということですが、今後この数字は伸びると思いますか?

社保:・・・・えーと、今回の宿題はきまった日にちまでに、数字をだしなさいっていう、ますぞえ先生からの宿題でした。あとのことは、わかりません。

   ええと、このあとのことって僕達が、考えることなんですかぁ?

   ますぞえ先生、つぎの宿題ってあるんですかぁー?

記者:以上、取材を終了いたします。

<独自翻訳機能を使用して、立ち去る社保庁職員の考えていることを解析し、言語化したものを以下に乗せて起きます。あくまで解析結果であり、事実と異なる可能性を加味してお聞きください。>

廊下から響く声・・・・・・

なんかさー。先生が変わってから、むずかしい宿題ふえたよねぇ

ねー。なんか、どうしてそんなこと、ぼくたち考えなきゃいけなんだろうねぇ。

みんなが、やっていたことだよねー。

なにがわるいのかなぁ。だって、ずうっとみんなやってたもんねぇ。

先生かわんないかなぁ・・・・お家にかえる時間が、遅いんだもん。好きなアニメみれないよぉ。

ほんとうに、そうだよねぇ・・・・

廊下から響く声がだんだんと小さくなって消えていった。

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